2007/07/09(月)
とんでもなく普通の精神状態。
昨晩のストレッチが利いているのか、
脚がぷるぷる震えているのを別にすれば、
とんでもなく普通の精神状態。まるで失業していないかのような。
ただの現実逃避なのかもしれないけれど、
まったく精神的には追いつめられていない感じがする。
これは昨日、社長へ直談判という最終手段まで達した
安心感から来るものなのだろうか。
ある意味、退路を自ら断ってしまっているわけだけれども、
それでも前進している印象はある。
あまり理論だって話せたわけではないが、
気持ちは伝わったような気がする。
おまけに奥さんが来ているタイミングをうまく掴めていたし、
別ルートでの地道な工作をしてきた甲斐があって、
活路は見出せたような気もする。
本当に文字通り一生懸命働くので、よろしくお願いします。
と、毎瞬祈る気持ちだ。
11時から日記をブログ化しようと検索していた。
あまり前向きな作業ではないが、
それでも何かを残さないといけないような気がしていた。
すると12時半、前々職の人事担当者から携帯に連絡があった。
状況的にはかなり無理があるとのこと。
それはもちろん承知に上でのお願いを乞う。お願いします!
このままだとダメになってしまう。
でもみんな忙しい中、親身になって考えてくれていて、
本当にありがたいと思った。
僕だけが甘えて生きてきたことを反省しなければならない。
カップラーメンが昼食。美味しかったが量が足りなかった。
過去の日記をブログに落とし始める。
あっという間に時間が過ぎて行く。
iTunesからはひっきりなしに音楽が流れている。
本当はこんな後ろ向きのことをしていてはいけないのだろうが、
この期間、何もしていなかったことだけは避けたい一心からの作業。
以前の僕の人生のテーマを今更ながら実践している。
「この世に生きた証を残したい。引っ掻き傷のようなものでいいから」
5時過ぎ。階上の父から突然電話が来た。久々の会話だった。
うなぎを食べに来いと言う。誰か話し相手が欲しかったのだろう。
ただ父とはあまりにも考え方や生き方が違いすぎていて、
会話もままならない状況。
そんなことを見越してか、珍しくこんなことを言っていた。
「あんまり俺に気を遣わなくてもいいからな」
ありがたかった。でももう埋められない時が流れすぎていた。
部長から2度目の電話があった。「失業保険はどうなっている?」
詳しく説明した。
本来は顔を出してお願いにいかなかればならないはず。
僕は自宅でいったい何をしているのだろう?
こうやって僕はいつも疑問にしているが、結局答えは毎回ない。
そんなことをもうかれこれ25年は繰り返してきたような気がする。
この「気がする」というのも僕の悪癖。
一見、自分を客観視しているような物言いだが、
実は表層的な考えのみと言うことを顕在化しているにすぎない。
父の家で夕食をご馳走になっている間に、電話が2回鳴った。
僕にしてはかなり珍しい状況だ。
まずは母から。カレーが余っているので食べに来てもいいとのこと。
午前中にも電話で一度話し、少しきついことを言ってしまったので
気になっていたのだが、案外強くなっているらしい。
父の家で食べていることを告げ、電話を切った。
そういえば午前中の電話は前々職の求人が新聞に載っているとの報告。
そのことは僕は勿論知っていたので、あっさり電話を切った。
切り際に、妹をもっと自由に、という注文を出した。
もう1件の電話は年に何回かしかない前妻から。
来年から海外留学を控えているらしく、
その応募には僕が撮影した素材がプロフィール的に必要とのこと。
まだ時間があったので的確なアドバイスをして電話を切った。
どうやら東京にいるらしかった。
そんなこんなですっかりテレビを見るのを忘れていた。
今日はアジアカップの初戦だったのに。僕としたことが。
まぁこれも僕の甘えの一環なのだろう。
テレビ番組に執着していることが。
日本代表はカタールと惜しくもドロー。また奇跡の物語の始まりだ。
しかし今日のドローは大きい。
相手のFKの際にしっかりと壁を作れなかったのは未熟なミスだった。
9時に自宅に帰宅して、ブログ化の続きをした。
彼女が10時に帰宅して、父の手作り夕食を食べた。
僕は今日一日、まったく外に出ていなかった。
そのせいかどうかわからないけれど、何だか元気が無かった。
そしてここ最近ずっと感じていた焦りもどこかに行っていた。
もしかすると前々職への復帰ができるかもしれない。
部長の口調や雰囲気は復帰を前提に考えていてくれていた。
可能性という光が少し見えてきた。ただここで安心してはいけない。
まだ全く決まったわけではないのだから。
僕はこの失業期間を一生忘れない。もう2度とごめんだ。
だから一生懸命働いて、ここに戻らないようにする。
昨晩のストレッチが利いているのか、
脚がぷるぷる震えているのを別にすれば、
とんでもなく普通の精神状態。まるで失業していないかのような。
ただの現実逃避なのかもしれないけれど、
まったく精神的には追いつめられていない感じがする。
これは昨日、社長へ直談判という最終手段まで達した
安心感から来るものなのだろうか。
ある意味、退路を自ら断ってしまっているわけだけれども、
それでも前進している印象はある。
あまり理論だって話せたわけではないが、
気持ちは伝わったような気がする。
おまけに奥さんが来ているタイミングをうまく掴めていたし、
別ルートでの地道な工作をしてきた甲斐があって、
活路は見出せたような気もする。
本当に文字通り一生懸命働くので、よろしくお願いします。
と、毎瞬祈る気持ちだ。
11時から日記をブログ化しようと検索していた。
あまり前向きな作業ではないが、
それでも何かを残さないといけないような気がしていた。
すると12時半、前々職の人事担当者から携帯に連絡があった。
状況的にはかなり無理があるとのこと。
それはもちろん承知に上でのお願いを乞う。お願いします!
このままだとダメになってしまう。
でもみんな忙しい中、親身になって考えてくれていて、
本当にありがたいと思った。
僕だけが甘えて生きてきたことを反省しなければならない。
カップラーメンが昼食。美味しかったが量が足りなかった。
過去の日記をブログに落とし始める。
あっという間に時間が過ぎて行く。
iTunesからはひっきりなしに音楽が流れている。
本当はこんな後ろ向きのことをしていてはいけないのだろうが、
この期間、何もしていなかったことだけは避けたい一心からの作業。
以前の僕の人生のテーマを今更ながら実践している。
「この世に生きた証を残したい。引っ掻き傷のようなものでいいから」
5時過ぎ。階上の父から突然電話が来た。久々の会話だった。
うなぎを食べに来いと言う。誰か話し相手が欲しかったのだろう。
ただ父とはあまりにも考え方や生き方が違いすぎていて、
会話もままならない状況。
そんなことを見越してか、珍しくこんなことを言っていた。
「あんまり俺に気を遣わなくてもいいからな」
ありがたかった。でももう埋められない時が流れすぎていた。
部長から2度目の電話があった。「失業保険はどうなっている?」
詳しく説明した。
本来は顔を出してお願いにいかなかればならないはず。
僕は自宅でいったい何をしているのだろう?
こうやって僕はいつも疑問にしているが、結局答えは毎回ない。
そんなことをもうかれこれ25年は繰り返してきたような気がする。
この「気がする」というのも僕の悪癖。
一見、自分を客観視しているような物言いだが、
実は表層的な考えのみと言うことを顕在化しているにすぎない。
父の家で夕食をご馳走になっている間に、電話が2回鳴った。
僕にしてはかなり珍しい状況だ。
まずは母から。カレーが余っているので食べに来てもいいとのこと。
午前中にも電話で一度話し、少しきついことを言ってしまったので
気になっていたのだが、案外強くなっているらしい。
父の家で食べていることを告げ、電話を切った。
そういえば午前中の電話は前々職の求人が新聞に載っているとの報告。
そのことは僕は勿論知っていたので、あっさり電話を切った。
切り際に、妹をもっと自由に、という注文を出した。
もう1件の電話は年に何回かしかない前妻から。
来年から海外留学を控えているらしく、
その応募には僕が撮影した素材がプロフィール的に必要とのこと。
まだ時間があったので的確なアドバイスをして電話を切った。
どうやら東京にいるらしかった。
そんなこんなですっかりテレビを見るのを忘れていた。
今日はアジアカップの初戦だったのに。僕としたことが。
まぁこれも僕の甘えの一環なのだろう。
テレビ番組に執着していることが。
日本代表はカタールと惜しくもドロー。また奇跡の物語の始まりだ。
しかし今日のドローは大きい。
相手のFKの際にしっかりと壁を作れなかったのは未熟なミスだった。
9時に自宅に帰宅して、ブログ化の続きをした。
彼女が10時に帰宅して、父の手作り夕食を食べた。
僕は今日一日、まったく外に出ていなかった。
そのせいかどうかわからないけれど、何だか元気が無かった。
そしてここ最近ずっと感じていた焦りもどこかに行っていた。
もしかすると前々職への復帰ができるかもしれない。
部長の口調や雰囲気は復帰を前提に考えていてくれていた。
可能性という光が少し見えてきた。ただここで安心してはいけない。
まだ全く決まったわけではないのだから。
僕はこの失業期間を一生忘れない。もう2度とごめんだ。
だから一生懸命働いて、ここに戻らないようにする。
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