2007/07/30(月)
郵便局、いい言葉、祖母、涙、憂鬱』
快晴。風は冷たい。
メイラックス半錠のおかげで8時半にしっかり起床できた。
しかし眠気はしばらく続いていた。
11時、彼女と一緒に家を出て、クリーニングと郵便局へ。
ワイシャツ4枚。そしてエントリーシートの郵送。
これから僕の人生はどうなってしまうのか?
猛烈な眠気の中、一人で家で考え込んでいた。
ハローワークの検索に1件該当するものがあったが、
おそらく体力的に無理そうだった。
テープの納品をしたく、関係者に電話をしているが不通。
図書館から借りている本にいい言葉を見つけた。

「大切なこと」より「道」

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広いときもある。狭いときもある。
のぼりもあればくだりもある。
坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。
なぐさめを求めたくなるときもあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、
いま歩んでいるこの道、ともかくこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道は少しもひらけない。
道をひらくには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。


失敗することを恐れるよりも、
真剣でないことを恐れた方が良い。

今まで通りではいけないのである。
今まで通りに安住してはいけないのである。
危機とは転機の自覚のないことをいうのである。

ただじっと待っているだけでは、人の協力は得られない。
大切なのは、うろたえないこと、あわてないことである。

1時。やはり自宅に一人でいられない。
昨晩のカレーを胃袋に押し込み、ダメ元で実家へ。
母がいた。もしいなければ街まで自転車で行くつもりだった。
母は祖母のところに行く予定だったというので、
久々について行くことになった。
そして大好物のトマトを土産に祖母を訪ね、会話をした。
しかしこれが最悪の方向で、何だか人生の終焉を目の当りにし、
実家に戻ると僕は何故か号泣。
生きていたくないとまで言い出す始末。
とにかく孤独の中で死ぬことが恐くて仕方なかった。
そして甥が帰宅する直前の5時に実家を飛び出してしまう。
川沿いに自転車を走らせ、ベンチで冷静になると試みる。
何とか涙は止まったが、風が冷たいので、
大型書店でCDの試聴と心理学の本を多数立ち読み。
立ち読み最中にも泣きそうになる。
つまりは、今までの自分はもう死んだと認識しないと
生まれ変われないという言葉に深く納得したのだ。
開き直って、次のステップへ行こう。
7時半に帰宅後、地域共生をモットーとする有名企業へエントリー。
いきなり積極的だ。もうダメ元で、やるしかないじゃないか。
1回死んだんだから、もういいじゃないか。そんな気分。
妹から心配と励ましのメール。
母から心配の電話。やはりみんなに迷惑をかけている。
心が疲れている。ベッドに横になる。
彼女が帰宅。そのままずっと横になったままで朝を迎えた。












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