2007/09/13(木)
7時45分に起床。明日の面接に備えての早起き。
外は好天で暑そうだが、散髪にいくことにした。
1時半に予約を入れる。髪が伸びるのが最近早いような気がする。
11時にビデオ制作の会社から突然の面接の申し込み。
その上「今日はいかがですか?」ときた。
散髪後の5時に、遠くのファミリーレストランで約束。
出がけに彼女が声をかけてくれる。
急いでもろもろの準備。
落ち着かないので、昼食後にやはり薬を服用した。
ロト6を購入したがきっと当たらないだろう。
12時45分、都心の美容室へは久々に自転車で向かう。
6月や7月はよく川沿いのサイクリングロードを自転車で走った。
何だかこの失業生活の象徴のような気分になる。
BGMはHall & Oates。妙な取り合わせだが、これが案外合う。
快晴で逆風の中、帽子をかぶりながら約40分かけて到着。
いろいろな話をして1時間半後に終了。
そのまま自宅に戻る。暑いし、疲れたので、シャワーに入る。
そしてスーツに着替え、4時半に約束のファミレスへ車で向かう。
ファミレスで面接など聞いたこともないが、
先日の汚い事務所を見せるわけにはいかないのだろう。
すぐさま、赤いシャツを着た清水圭にそっくりの若い男性が近寄り、
席に案内された。どうやら彼が今朝電話をくれた社員らしい。
席にはすでに初老の男性と中年の女性が座っており、
白玉パフェやパンナコッタを食べていた。
全員が僕の嫌悪する喫煙者だった。
若い男性が通常の面接をしようとし、2、3、質問したところで、
黙っていた初老の男性がおもむろに話し出した。
「クオリティの高いDVD作品を作って欲しい」
「4年半かけた制作プロジェクトは頓挫してしまった」
「クリエイターの力量がなかったため」
「このDVD事業はこれからの社運がかかるもの」
など、いきなり具体的な内容に踏み込む話を一方的にまくしあげた。
そして、「ここでは見られないのでサンプルを見て欲しい」と、
自宅のマンションに僕を連れて行った。僕は彼らの車の後についていった。
途中で中年女性がその子供と見られる女の子をピックアップし、
例の僕らが先日すでに下見済みのマンションに着いた。
初老男性の自宅だと言うその部屋は、見るも無惨な汚い部屋だった。
服は脱ぎ捨てられ、あらゆる箱が雑然と並び、
とても人の住めるような環境ではなかったが、
僕と若い男性(つい最近入社)と初老の男性(社長)の3人は、
そこでDVDを何本か見て、長い話合いに入った。
面接ではなく、話合いだった。
話合いでもなく、独演会だった。
どうやら彼らは僕のことを履歴書だけで気に入っており、
入社を前提にあれこれ話をしているようだった。
普段ならほとんどの送られてきた履歴書を見て、不採用だと言う。
採用すると決めた人しか面接をしないという主義らしい。
僕と若い社員はコンピュータ用の椅子に座らされ、
社長はソファで熱くこれからの夢や希望や抱負を語っていた。
おまけに人生訓や、僕達2人は挫折者で、救済しなければとも言っていた。
ほとんど社長が一人で話した。
それも6時間に渡って。終わったのは深夜の12時。
途中、何度も僕の携帯が鳴った。
7時頃行くからと連絡しておいた家族からだった。
しかし独演会は止まらなかった。
明らかに間違ったことは言っていなかったが、
あまりにも話が膨大過ぎてリアリティがなく、
DVDの事業は僕に任せるから、あとの人事も勝手にやってくれとのこと。
月給は15万、賞与も社会保険も一切なし。
それは当初提示されていた条件と全く違っていた。
しかし一ヶ月に20日だけ働けば良いし、何時に来ても帰ってもいいなど、
自由な条件も中にはあった。
僕は社長の頭の中を割ってみたかった。
何を考え、どうやって言葉にしているのか知りたかった。
とにかく考え方が常識を大きくはずれていた。
そして僕の考え方からは一番遠いものだった。
ただ真逆なものに惹かれることもよくあることで、
何だか途中ではマインドコントロールにかかっているような気さえした。
12時に部屋を出た。若い男性、彼は40歳だったが、彼と少し外で話をした。
今夜のような長時間の話は初めてだと言う。
案外いい人ですよ、と彼は言っていた。
携帯の電話番号を交換し、明日以降に連絡することになっていた。
つまりこの会社に行くか行かないかは、僕の判断に委ねられていた。
車を駐車場から出し、心配しているはずの家族に電話してみた。
すると母がひっくり返ったような声で、「大丈夫かい?!」と叫んだ。
「みんなが拉致されたと心配して、今そっちに向かっているよ」
車を少し走らせると、妹の車を発見した。
僕の彼女が助手席に乗っていた。
どうやら9時頃からあちこちのファミレスなどを探していたらしい。
確かに心配はかけたが、そこまでしなくても。
43歳の男が12時過ぎに帰宅するのがそんなに心配か?とも思ったが、
実はこのビデオ制作会社の本体は葬儀関係の会社だったので、
そこを家族は必要以上に懸念してしまったのだろう。
彼女を乗せて自宅に帰宅したのは、12時半。
それから納豆ご飯を食べて、すぐに就寝。
不思議な出来事になかなか眠れなかった。
外は好天で暑そうだが、散髪にいくことにした。
1時半に予約を入れる。髪が伸びるのが最近早いような気がする。
11時にビデオ制作の会社から突然の面接の申し込み。
その上「今日はいかがですか?」ときた。
散髪後の5時に、遠くのファミリーレストランで約束。
出がけに彼女が声をかけてくれる。
急いでもろもろの準備。
落ち着かないので、昼食後にやはり薬を服用した。
ロト6を購入したがきっと当たらないだろう。
12時45分、都心の美容室へは久々に自転車で向かう。
6月や7月はよく川沿いのサイクリングロードを自転車で走った。
何だかこの失業生活の象徴のような気分になる。
BGMはHall & Oates。妙な取り合わせだが、これが案外合う。
快晴で逆風の中、帽子をかぶりながら約40分かけて到着。
いろいろな話をして1時間半後に終了。
そのまま自宅に戻る。暑いし、疲れたので、シャワーに入る。
そしてスーツに着替え、4時半に約束のファミレスへ車で向かう。
ファミレスで面接など聞いたこともないが、
先日の汚い事務所を見せるわけにはいかないのだろう。
すぐさま、赤いシャツを着た清水圭にそっくりの若い男性が近寄り、
席に案内された。どうやら彼が今朝電話をくれた社員らしい。
席にはすでに初老の男性と中年の女性が座っており、
白玉パフェやパンナコッタを食べていた。
全員が僕の嫌悪する喫煙者だった。
若い男性が通常の面接をしようとし、2、3、質問したところで、
黙っていた初老の男性がおもむろに話し出した。
「クオリティの高いDVD作品を作って欲しい」
「4年半かけた制作プロジェクトは頓挫してしまった」
「クリエイターの力量がなかったため」
「このDVD事業はこれからの社運がかかるもの」
など、いきなり具体的な内容に踏み込む話を一方的にまくしあげた。
そして、「ここでは見られないのでサンプルを見て欲しい」と、
自宅のマンションに僕を連れて行った。僕は彼らの車の後についていった。
途中で中年女性がその子供と見られる女の子をピックアップし、
例の僕らが先日すでに下見済みのマンションに着いた。
初老男性の自宅だと言うその部屋は、見るも無惨な汚い部屋だった。
服は脱ぎ捨てられ、あらゆる箱が雑然と並び、
とても人の住めるような環境ではなかったが、
僕と若い男性(つい最近入社)と初老の男性(社長)の3人は、
そこでDVDを何本か見て、長い話合いに入った。
面接ではなく、話合いだった。
話合いでもなく、独演会だった。
どうやら彼らは僕のことを履歴書だけで気に入っており、
入社を前提にあれこれ話をしているようだった。
普段ならほとんどの送られてきた履歴書を見て、不採用だと言う。
採用すると決めた人しか面接をしないという主義らしい。
僕と若い社員はコンピュータ用の椅子に座らされ、
社長はソファで熱くこれからの夢や希望や抱負を語っていた。
おまけに人生訓や、僕達2人は挫折者で、救済しなければとも言っていた。
ほとんど社長が一人で話した。
それも6時間に渡って。終わったのは深夜の12時。
途中、何度も僕の携帯が鳴った。
7時頃行くからと連絡しておいた家族からだった。
しかし独演会は止まらなかった。
明らかに間違ったことは言っていなかったが、
あまりにも話が膨大過ぎてリアリティがなく、
DVDの事業は僕に任せるから、あとの人事も勝手にやってくれとのこと。
月給は15万、賞与も社会保険も一切なし。
それは当初提示されていた条件と全く違っていた。
しかし一ヶ月に20日だけ働けば良いし、何時に来ても帰ってもいいなど、
自由な条件も中にはあった。
僕は社長の頭の中を割ってみたかった。
何を考え、どうやって言葉にしているのか知りたかった。
とにかく考え方が常識を大きくはずれていた。
そして僕の考え方からは一番遠いものだった。
ただ真逆なものに惹かれることもよくあることで、
何だか途中ではマインドコントロールにかかっているような気さえした。
12時に部屋を出た。若い男性、彼は40歳だったが、彼と少し外で話をした。
今夜のような長時間の話は初めてだと言う。
案外いい人ですよ、と彼は言っていた。
携帯の電話番号を交換し、明日以降に連絡することになっていた。
つまりこの会社に行くか行かないかは、僕の判断に委ねられていた。
車を駐車場から出し、心配しているはずの家族に電話してみた。
すると母がひっくり返ったような声で、「大丈夫かい?!」と叫んだ。
「みんなが拉致されたと心配して、今そっちに向かっているよ」
車を少し走らせると、妹の車を発見した。
僕の彼女が助手席に乗っていた。
どうやら9時頃からあちこちのファミレスなどを探していたらしい。
確かに心配はかけたが、そこまでしなくても。
43歳の男が12時過ぎに帰宅するのがそんなに心配か?とも思ったが、
実はこのビデオ制作会社の本体は葬儀関係の会社だったので、
そこを家族は必要以上に懸念してしまったのだろう。
彼女を乗せて自宅に帰宅したのは、12時半。
それから納豆ご飯を食べて、すぐに就寝。
不思議な出来事になかなか眠れなかった。
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