2007/07/06(金)
最近おかしな夢を見たり、眠りが浅いのは
きっと心身ともに疲れていないからだと感じた。
もっと身体を動かしたり、頭を使ったり、
要するに労働をしなければならない。
このところ、そういうことから避けようと生きてきたような気がする。
そして昨日大きく感じた脱落感は、
僕に派遣社員でいいじゃないかと言っていた。
今日は殆ど朝まで起きることがなかった。
そのことを朝から彼女に話すと、それは自分で決めること、
私は実家に帰るからとあっさり言われた。
ものすごくショックだった。
最近の彼女の言動から、復職すれば彼女も一緒にいてくれるだろう、
そして貧しいかもしれないけれど結婚して子供も作ろうと、
内心僕は決めていたのだ。
ところが彼女はまだやはりそうは望んでいないようだった。
またしても僕の思い違いだった。
都合良く自分で解釈していただけだった。
そして彼女は出勤前にも関わらず泣き出してしまった。
「ごめんなさい。こんなことを言うくらいなら、
ここにいなければいいんだよね」
それが彼女の最近の言動を如実に表す一言だった。
彼女は「ここにいさせてもらう」のだから
なるべく「傷つけない」のが義務と思っていたようだった
「本当に今は何も考えられないし、考えたくない」
「ごめんなさい。バイバイ」
そう言って彼女は出勤した。
きっと僕の仕事が決まった後、
彼女はもう一度僕の気持ちを再確認して、
それから実家に帰るなりの具体的な行動に移す予定なのだ。
まずは僕の就職が前提になる。
その後は僕の決意や、そういった気持ちとのやりとりになるはず。
でも本当に僕はそんな彼女とこれから一緒に生きていけるのだろうか。
純粋な疑問としてそれはいつも僕の中にあった。
それに今の自分に、それから直近の自分に、
遠い将来のことを決意する意志が残されているのか、
それすら疑問だった。
1時半までずっと派遣で検索。すべて時給が安いことに愕然。
当然ながら困難な仕事は高い。僕はもう諦めてしまったわけではなく、
今この時期だから弱気になっているのか、
それとも元々努力をしなかったつけが
今になって露呈され実力そのものがないのか、
まだ自分でも掴みきれていない。
おそらく後者だと思う。
自信が持てないからではなく、もう限界なのだ。
今までは何とか20年の蓄積でごまかすことが出来た。
それが転職によりあらわになり、
僕の才能がないことを自分でもわかってしまったので、
僕はもうどうしていいのかわからなくなっている。
2時に焼きそば弁当を食べて、少し休む。
何かをしなければならないが、それが何かがわからない。
掃除かもしれないし、睡眠かもしれない。
そんなことでは状況は変わらない。
僕はここでは逃げるわけにはいかない。
今日は前々職で行なっていた毎年恒例のイベント収録が
あることはわかっていた。それも中心街で。
顔を出せば、なつかしいスタッフに会えるはずだ。
そして何か見いだせるかもしれない。
おまけに現在相談している元上司にも会えるはずだ。
一刻も早く状況を把握し、もしNGでも次のスタートを早く切りたい。
いくつかの選択肢をいつも用意しておかないと、
その場その場の対応になってしまう。
あらゆることを想定して先手先手で行こう。
少し考え方が前向きになってきた。
3時半、自転車で中心街に向かうことにした。
外の風はいつもより少し涼しかった。
道すがら実家を通り過ぎたが、母の車はなかった。
みんな忙しいのだ。僕だけが時間を持て余している。
逆風の中、川沿いのサイクリングロードを40分ペダルを漕いだ。
最初の行き先は以前から登録をしなければならないと
思っていたにも関わらず伸ばし伸ばしになっていた人材銀行。
4時15分に到着し、求職登録用紙に鉛筆で事細かに記入した。
担当はKさんだった。
話していくうちに、Kさんはデザインなどの就職斡旋に
携わったことがあるということがわかった。
「常識が通用しない業界ですから、ご苦労なさったでしょう」
やっと話の分かる人に出会えた喜びと言ったら、
もう飛び上がらんばかりだった。
もっと早く来れば良かったと思った。
ただいろいろなことが並列的に動きすぎていた。
閉館する5時15分まで、じっくりといろいろな話を聞くことが出来た。
僕も思いの丈を素直に、そして冷静に話すことが出来た。
久々に充実した時間だった。
求人カードは月曜日に郵送してくれることになった。
ハローワークの書類も3回のスタンプでノルマは達成。
「何でもご相談ください」
物腰柔らかく話す50歳ほどの男性。
初めはそれほどあてにはしていなかったが、心強い味方ができて、
本当にうれしかったし、また相談にこようと決めた。
その後、同じビルの別な階にあるハローワークプラザで
パソコン検索したが、何も成果がなかった。
家で見たのと同じ内容があっただけだった。
時間はすでに6時になっていた。
中心街の最も大きな公園で開催されている音楽祭に行ってみた。
元同僚や元上司との会話。
そしてその中で元上司は驚くべきことを口にした。
「長年サラリーマン生活をしていたが、
こんなにそりの合わない社長は初めてだ」
「言い出せないので、申し訳ないが、社長に直談判してもらえないか」
信じていたものが次々となくなっていく感覚。
もう彼に相談してから1ヶ月半も経過した結果がこれだ。
何だったのだろうか、僕の悶々とした時間と悩みは。
それでも彼は彼なりに苦悩していたに違いない。
それも僕のようなダメな男のために。
それだけでもありがたかったし、
この期間に僕もいろいろな意味で成長できた。これでよしとしよう。
そして、もうやはり自分しかないという気持ちが強くなった。
社長に相談してみよう。
クレーンを使った新たな収録様式に驚きつつ、
うちわを配る新しいスタッフを横目に会場を後にした。
いつもは車で走っている大きな国道を自転車でひたすら南下した。
何だか少しふっきれていた。
人材銀行の件と元上司の件が、僕の中で微妙にリンクしていた。
僕は失業から2ヶ月かけて、やっと別なステージに立てた、きっと。
そのステージの中心は、自分のことは自分で決めるしかないという、
至極当たり前なことだった。
それすら気付かずに
ひたすらバタバタと動いていた自分が情けなかったが、
人間、窮地に追い込まれるとこうなるんだという貴重な経験になった。
そうなると、精神を病んだりしている場合ではない。
明日からでももう動き出そう。
国道を走りながらいろいろなことを考えた。
ものすごく早く走るロードレース用の自転車と
抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げながら、
最終的には大差で破れた20インチの折りたたみ自転車に乗った僕は、
妙に清々しい気分だった。
その気分のまま7時過ぎに実家に寄ってみた。
母が一人でテレビの歌番組を見ていた。
妹は元同僚と甥を連れて温泉に行っていた。
母が一人でこのマンションの1階で寝るのは越してから初めてらしい。
ものすごく不安だという声を以前から聞いていた。
この部屋には越してくる前、泥棒が入ったことがあるらしい。
今朝の彼女とのことがあったので、僕も家には帰りたくなかった。
なので実家に泊まることに決めた。
ぼんやりと母と2人でテレビを見ていた。
あまりお腹は空いていなかったが、
近所のスーパーで安売りの弁当を買ってきて食べた。
母はもうすでに夕食を済ませていた。
そして9時からは広末涼子が出ている虐待番組を見た。
彼女にメールして泊まることを連絡した。心配して返信がすぐ来た。
12時になって母は寝てしまった。
僕は甥の部屋のベッドに入ってテレビを見ながら1時まで起きていた。
さて次のステージに来たのは良いが、
これからどういうことが起きるのだろう。
何も考えていないというより、
いざと言うとき何を言えば良いのか判っていない自分。
ぼんやりと予行演習的にいろいろ考えた。
久々に自宅以外で就寝した。でもよく考えれば、
ゴールデンウィークに東京のホテルに一人で泊まっていた。
あれはたったの2ヶ月前。僕はとんでもなく遠い所に来ていた。
きっと心身ともに疲れていないからだと感じた。
もっと身体を動かしたり、頭を使ったり、
要するに労働をしなければならない。
このところ、そういうことから避けようと生きてきたような気がする。
そして昨日大きく感じた脱落感は、
僕に派遣社員でいいじゃないかと言っていた。
今日は殆ど朝まで起きることがなかった。
そのことを朝から彼女に話すと、それは自分で決めること、
私は実家に帰るからとあっさり言われた。
ものすごくショックだった。
最近の彼女の言動から、復職すれば彼女も一緒にいてくれるだろう、
そして貧しいかもしれないけれど結婚して子供も作ろうと、
内心僕は決めていたのだ。
ところが彼女はまだやはりそうは望んでいないようだった。
またしても僕の思い違いだった。
都合良く自分で解釈していただけだった。
そして彼女は出勤前にも関わらず泣き出してしまった。
「ごめんなさい。こんなことを言うくらいなら、
ここにいなければいいんだよね」
それが彼女の最近の言動を如実に表す一言だった。
彼女は「ここにいさせてもらう」のだから
なるべく「傷つけない」のが義務と思っていたようだった
「本当に今は何も考えられないし、考えたくない」
「ごめんなさい。バイバイ」
そう言って彼女は出勤した。
きっと僕の仕事が決まった後、
彼女はもう一度僕の気持ちを再確認して、
それから実家に帰るなりの具体的な行動に移す予定なのだ。
まずは僕の就職が前提になる。
その後は僕の決意や、そういった気持ちとのやりとりになるはず。
でも本当に僕はそんな彼女とこれから一緒に生きていけるのだろうか。
純粋な疑問としてそれはいつも僕の中にあった。
それに今の自分に、それから直近の自分に、
遠い将来のことを決意する意志が残されているのか、
それすら疑問だった。
1時半までずっと派遣で検索。すべて時給が安いことに愕然。
当然ながら困難な仕事は高い。僕はもう諦めてしまったわけではなく、
今この時期だから弱気になっているのか、
それとも元々努力をしなかったつけが
今になって露呈され実力そのものがないのか、
まだ自分でも掴みきれていない。
おそらく後者だと思う。
自信が持てないからではなく、もう限界なのだ。
今までは何とか20年の蓄積でごまかすことが出来た。
それが転職によりあらわになり、
僕の才能がないことを自分でもわかってしまったので、
僕はもうどうしていいのかわからなくなっている。
2時に焼きそば弁当を食べて、少し休む。
何かをしなければならないが、それが何かがわからない。
掃除かもしれないし、睡眠かもしれない。
そんなことでは状況は変わらない。
僕はここでは逃げるわけにはいかない。
今日は前々職で行なっていた毎年恒例のイベント収録が
あることはわかっていた。それも中心街で。
顔を出せば、なつかしいスタッフに会えるはずだ。
そして何か見いだせるかもしれない。
おまけに現在相談している元上司にも会えるはずだ。
一刻も早く状況を把握し、もしNGでも次のスタートを早く切りたい。
いくつかの選択肢をいつも用意しておかないと、
その場その場の対応になってしまう。
あらゆることを想定して先手先手で行こう。
少し考え方が前向きになってきた。
3時半、自転車で中心街に向かうことにした。
外の風はいつもより少し涼しかった。
道すがら実家を通り過ぎたが、母の車はなかった。
みんな忙しいのだ。僕だけが時間を持て余している。
逆風の中、川沿いのサイクリングロードを40分ペダルを漕いだ。
最初の行き先は以前から登録をしなければならないと
思っていたにも関わらず伸ばし伸ばしになっていた人材銀行。
4時15分に到着し、求職登録用紙に鉛筆で事細かに記入した。
担当はKさんだった。
話していくうちに、Kさんはデザインなどの就職斡旋に
携わったことがあるということがわかった。
「常識が通用しない業界ですから、ご苦労なさったでしょう」
やっと話の分かる人に出会えた喜びと言ったら、
もう飛び上がらんばかりだった。
もっと早く来れば良かったと思った。
ただいろいろなことが並列的に動きすぎていた。
閉館する5時15分まで、じっくりといろいろな話を聞くことが出来た。
僕も思いの丈を素直に、そして冷静に話すことが出来た。
久々に充実した時間だった。
求人カードは月曜日に郵送してくれることになった。
ハローワークの書類も3回のスタンプでノルマは達成。
「何でもご相談ください」
物腰柔らかく話す50歳ほどの男性。
初めはそれほどあてにはしていなかったが、心強い味方ができて、
本当にうれしかったし、また相談にこようと決めた。
その後、同じビルの別な階にあるハローワークプラザで
パソコン検索したが、何も成果がなかった。
家で見たのと同じ内容があっただけだった。
時間はすでに6時になっていた。
中心街の最も大きな公園で開催されている音楽祭に行ってみた。
元同僚や元上司との会話。
そしてその中で元上司は驚くべきことを口にした。
「長年サラリーマン生活をしていたが、
こんなにそりの合わない社長は初めてだ」
「言い出せないので、申し訳ないが、社長に直談判してもらえないか」
信じていたものが次々となくなっていく感覚。
もう彼に相談してから1ヶ月半も経過した結果がこれだ。
何だったのだろうか、僕の悶々とした時間と悩みは。
それでも彼は彼なりに苦悩していたに違いない。
それも僕のようなダメな男のために。
それだけでもありがたかったし、
この期間に僕もいろいろな意味で成長できた。これでよしとしよう。
そして、もうやはり自分しかないという気持ちが強くなった。
社長に相談してみよう。
クレーンを使った新たな収録様式に驚きつつ、
うちわを配る新しいスタッフを横目に会場を後にした。
いつもは車で走っている大きな国道を自転車でひたすら南下した。
何だか少しふっきれていた。
人材銀行の件と元上司の件が、僕の中で微妙にリンクしていた。
僕は失業から2ヶ月かけて、やっと別なステージに立てた、きっと。
そのステージの中心は、自分のことは自分で決めるしかないという、
至極当たり前なことだった。
それすら気付かずに
ひたすらバタバタと動いていた自分が情けなかったが、
人間、窮地に追い込まれるとこうなるんだという貴重な経験になった。
そうなると、精神を病んだりしている場合ではない。
明日からでももう動き出そう。
国道を走りながらいろいろなことを考えた。
ものすごく早く走るロードレース用の自転車と
抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げながら、
最終的には大差で破れた20インチの折りたたみ自転車に乗った僕は、
妙に清々しい気分だった。
その気分のまま7時過ぎに実家に寄ってみた。
母が一人でテレビの歌番組を見ていた。
妹は元同僚と甥を連れて温泉に行っていた。
母が一人でこのマンションの1階で寝るのは越してから初めてらしい。
ものすごく不安だという声を以前から聞いていた。
この部屋には越してくる前、泥棒が入ったことがあるらしい。
今朝の彼女とのことがあったので、僕も家には帰りたくなかった。
なので実家に泊まることに決めた。
ぼんやりと母と2人でテレビを見ていた。
あまりお腹は空いていなかったが、
近所のスーパーで安売りの弁当を買ってきて食べた。
母はもうすでに夕食を済ませていた。
そして9時からは広末涼子が出ている虐待番組を見た。
彼女にメールして泊まることを連絡した。心配して返信がすぐ来た。
12時になって母は寝てしまった。
僕は甥の部屋のベッドに入ってテレビを見ながら1時まで起きていた。
さて次のステージに来たのは良いが、
これからどういうことが起きるのだろう。
何も考えていないというより、
いざと言うとき何を言えば良いのか判っていない自分。
ぼんやりと予行演習的にいろいろ考えた。
久々に自宅以外で就寝した。でもよく考えれば、
ゴールデンウィークに東京のホテルに一人で泊まっていた。
あれはたったの2ヶ月前。僕はとんでもなく遠い所に来ていた。
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