2007/08/28(火)
コーヒーが飲めないのにどうしてブログに
カップのデザインを施したものにしたのか。
自分に不足しているものを補おうとする意思の現れか。
とにかく僕は様々なことを考え過ぎる。
無意識の領域まで考え始めるともう心理学の世界だ。
考えていないと、実際にそれが起こった時に
どう対処していいのかわからなくなりそうで、
それが恐くて考えうる限りのことを考えている。
おかげで心の病にもかかってしまったというわけだ。
あまりにも考え過ぎるせいで、未来のことだけではなく、
過去のことも考える癖がついてしまった。
どうしてあの時、ああいう判断をしたのか、など。
ところが今朝読んだ本、
「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」に
こんな言葉を発見し、また涙腺が緩んでしまった。
「彼らを赦しなさい.彼らは自分のしていることがわからないのです」
これは何とイエス・キリストの言葉らしいのだが、
「彼ら」を「僕」に置き換えると何と救われることだろう。
僕は僕を(正確には過去の僕を)赦していない。
そのせいで前にも進めないし、苦しんでもいる。
また同じ本に仏教の教えもあって、そこには
「自己がなければ、問題もなし」とあった。
今まで自分、自分と、完全に自己中心的に生きて来て、
自己を鍛錬することこそ、崇高を極められると信じていたが、
その自己を捨てて、意識のみで生きれば何も問題はないと言う。
難しいかもしれないが、こんな時期だからこそ試してみたい。
昨日の朝の一件があったからか、それとも明日いったん実家に
帰るからか、彼女は冷たい態度で、さしたる会話もないまま出社した。
僕はとにかく人に迷惑をかけないように、
そして何とか自分を保てるように、行動を開始した。
しかしそれは就職活動ではなく、ただの自宅の掃除だった。
大リーグ中継をかけながら、いつもとは少し違った感覚を味わった。
さきほどの本のせいかもしれないが、焦りはほとんどなく、
今の自分を受け入れようとする姿勢が自分でも感じられた。
母は心療内科に行っている。父は自宅にいるようだ。
僕は独りで、何をするでもなく時を過ごした。
薬を常用し始めた。いつからだろう。
ありのままの自分を受け入れることにした。
弱い自分、惨めな自分、
そういうことを認容することでリラックスした気分になれたし、
そこから新たな突破口が見つかるかもしれない。
3ヶ月前の自分と同じことを繰り返したくなかった。
HWでの臨床心理士の言葉が大きかったかもしれない。
母から夕食は階上の父のところで食べることになったとの連絡があった。
あと母は心配して新たな心療内科の予約をしてきてくれた。
でもまだ20日以上先のことだった。
実家に行かなくなったことで、今日の僕の外出はない。
ところがムクムクとやる気が出てきた。
「何をしているんだ」という強い気持ちが表面化してきた。
おもむろに昨日入手した求人誌の中で、
最高の条件だったものに応募してみようという意志が出た。
35歳くらいまでの条件だったが、それでも構わなかった。
しかし応募には履歴書が必要だったし、
おまけにもう履歴書用の写真がなかった。
なのでスーパーの2階で証明写真を撮影に行くことにした。
気温30℃の中、スーツを着て写真を撮ったが、あまり出来はよくない。
ただ凛とした顔つきになっていたのには自分でも驚いた。
そして帰宅すると猛然と履歴書の作成にとりかかった。
何せ今まで全くと言っていいほど経験がない職種への挑戦なので、
ロジックの組み立てが難しかった。
ロジック、などと行っている時点でもうダメなのかもしれないが、
何もしないよりはずっとよかった。
父の紹介先だってどうなるかわからない。
少しは安心感を植え付けてくれたものの、保証はないのだ。
そして郵便局が閉まる直前に、一気に応募書類を仕上げ、郵送した。
気分は晴れやかだった。何だか達成感があった。
こうやって毎日を過ごしていけばいいということに気付いた。
そして過去のブログを読み始め、若干不都合な点を修正し、
気付くともう外は真っ暗で、階上から甥と妹の声が聞こえて来た。
もう泣いてもいないし、寂しい気分はどこかに行ってしまった。
普通の精神状態であることがこんなに幸福だったとは知らなかった。
父の家で夕食をたらふくごちそうになった。
一家5人が顔を合わせて食事をとるのも大晦日以来かもしれない。
ものすごくうれしかった。
父が「ボランティア」のことを「セルフサービス」と言い間違い、
妹の知人は「ペースメーカー」のことを「ヘルスメーター」と
言い間違ったことが面白くてしばらく笑っていた。
食後に麻雀を3回して、9時過ぎに自宅に戻った。
彼女にも夕食のお裾分けとして混ぜご飯を持ち帰った。
会話はどこかぎこちなかった。
そして読書を開始し、あっと言う間に眠くなり、12時に就寝した。
カップのデザインを施したものにしたのか。
自分に不足しているものを補おうとする意思の現れか。
とにかく僕は様々なことを考え過ぎる。
無意識の領域まで考え始めるともう心理学の世界だ。
考えていないと、実際にそれが起こった時に
どう対処していいのかわからなくなりそうで、
それが恐くて考えうる限りのことを考えている。
おかげで心の病にもかかってしまったというわけだ。
あまりにも考え過ぎるせいで、未来のことだけではなく、
過去のことも考える癖がついてしまった。
どうしてあの時、ああいう判断をしたのか、など。
ところが今朝読んだ本、
「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」に
こんな言葉を発見し、また涙腺が緩んでしまった。
「彼らを赦しなさい.彼らは自分のしていることがわからないのです」
これは何とイエス・キリストの言葉らしいのだが、
「彼ら」を「僕」に置き換えると何と救われることだろう。
僕は僕を(正確には過去の僕を)赦していない。
そのせいで前にも進めないし、苦しんでもいる。
また同じ本に仏教の教えもあって、そこには
「自己がなければ、問題もなし」とあった。
今まで自分、自分と、完全に自己中心的に生きて来て、
自己を鍛錬することこそ、崇高を極められると信じていたが、
その自己を捨てて、意識のみで生きれば何も問題はないと言う。
難しいかもしれないが、こんな時期だからこそ試してみたい。
昨日の朝の一件があったからか、それとも明日いったん実家に
帰るからか、彼女は冷たい態度で、さしたる会話もないまま出社した。
僕はとにかく人に迷惑をかけないように、
そして何とか自分を保てるように、行動を開始した。
しかしそれは就職活動ではなく、ただの自宅の掃除だった。
大リーグ中継をかけながら、いつもとは少し違った感覚を味わった。
さきほどの本のせいかもしれないが、焦りはほとんどなく、
今の自分を受け入れようとする姿勢が自分でも感じられた。
母は心療内科に行っている。父は自宅にいるようだ。
僕は独りで、何をするでもなく時を過ごした。
薬を常用し始めた。いつからだろう。
ありのままの自分を受け入れることにした。
弱い自分、惨めな自分、
そういうことを認容することでリラックスした気分になれたし、
そこから新たな突破口が見つかるかもしれない。
3ヶ月前の自分と同じことを繰り返したくなかった。
HWでの臨床心理士の言葉が大きかったかもしれない。
母から夕食は階上の父のところで食べることになったとの連絡があった。
あと母は心配して新たな心療内科の予約をしてきてくれた。
でもまだ20日以上先のことだった。
実家に行かなくなったことで、今日の僕の外出はない。
ところがムクムクとやる気が出てきた。
「何をしているんだ」という強い気持ちが表面化してきた。
おもむろに昨日入手した求人誌の中で、
最高の条件だったものに応募してみようという意志が出た。
35歳くらいまでの条件だったが、それでも構わなかった。
しかし応募には履歴書が必要だったし、
おまけにもう履歴書用の写真がなかった。
なのでスーパーの2階で証明写真を撮影に行くことにした。
気温30℃の中、スーツを着て写真を撮ったが、あまり出来はよくない。
ただ凛とした顔つきになっていたのには自分でも驚いた。
そして帰宅すると猛然と履歴書の作成にとりかかった。
何せ今まで全くと言っていいほど経験がない職種への挑戦なので、
ロジックの組み立てが難しかった。
ロジック、などと行っている時点でもうダメなのかもしれないが、
何もしないよりはずっとよかった。
父の紹介先だってどうなるかわからない。
少しは安心感を植え付けてくれたものの、保証はないのだ。
そして郵便局が閉まる直前に、一気に応募書類を仕上げ、郵送した。
気分は晴れやかだった。何だか達成感があった。
こうやって毎日を過ごしていけばいいということに気付いた。
そして過去のブログを読み始め、若干不都合な点を修正し、
気付くともう外は真っ暗で、階上から甥と妹の声が聞こえて来た。
もう泣いてもいないし、寂しい気分はどこかに行ってしまった。
普通の精神状態であることがこんなに幸福だったとは知らなかった。
父の家で夕食をたらふくごちそうになった。
一家5人が顔を合わせて食事をとるのも大晦日以来かもしれない。
ものすごくうれしかった。
父が「ボランティア」のことを「セルフサービス」と言い間違い、
妹の知人は「ペースメーカー」のことを「ヘルスメーター」と
言い間違ったことが面白くてしばらく笑っていた。
食後に麻雀を3回して、9時過ぎに自宅に戻った。
彼女にも夕食のお裾分けとして混ぜご飯を持ち帰った。
会話はどこかぎこちなかった。
そして読書を開始し、あっと言う間に眠くなり、12時に就寝した。
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