2007/07/17(火)
3時に寝たにも関わらず、4時半にいったん目が覚め、
その後6時半にまた目が覚め、7時半には完全に起きていた。
悪いことを考えるスパイラルがまた待ち構えていた。
何だかもう癖のようになりつつあるのが恐かった。
ああ、またか、そう思えるのは寝ることを妨害することになりかねなかった。
とにかく何かが頭の中に突然出てきて、そこからすべてが悪い方向に
思考していくという流れは、激しい動悸と発汗を伴って、
僕をベッドに寝させなくさせていた。
肉体はしっかりと寝ているし、目はつぶったままなのに、
精神は完全に起きていて、起きている時よりも活発に動いていて、
もう居ても立ってもいられない。
仕方が無く起きるが、まだその状態が続いていて、
午前中いっぱい、そんな感じで、胸の中から不安感が溢れてくるのも
それに便乗して、胸をかきむしりたくなりもう耐えられなくなる。
確実に早朝覚醒で、それは鬱の症状だった。
着替えてゴミを出しに行ったまでは良かったが、
外に出ても不安感は全く衰えはしなかった。
今日はますますひどくなっていたような気さえした。
風が強かったが空は晴れていた。
また寝巻きに着替えて、彼女の横にまた潜り込んだ。
明らかに寝不足だし、寝た気がしなかった。
そしてやはり2度寝も眠れなかった。動悸が激しかった。
でも何とか1時間くらいは寝ることが出来た。
しかし10時に再度起きた時には、完全にヤバい感じだった。
もう就職なんてどうでもよかった。
とにかくこの不安な状態を何とかしてもらいたかった。
彼女が起きてきて、眼科と皮膚科に行くと言う。
彼女の症状もかなり末期的だった。
目から白いものが出ていて、掻いたため目の回りも腫れていた。
僕も今日は病院に行くと告げた。
薬でも良いから治したかった。
それは彼女にはまた逃げている、敗北していると思ったのだろう。
あー、行けば。そんな言い方だった。
実は昨晩もこのような話をして、彼女も同じ経験をしたが
自分一人で何とかしたという。
それが今の彼女を形成している強さの要因だ。きっと。
しばらく居間のソファの上で横になって身動きが取れなかった。
昨晩の話し合いによって僕の進路はまた元に戻ってしまった。
彼女に言われて冷静に考えれば、確かに派遣社員は時期尚早だった。
しかし専門学校も現実感がまだなかった。
何だかそれも結論を先延ばしにしているような感じがした。
入学金も授業料も何百万単位で、生活費も同じくらいかかるはずだ。
もし卒業後に就職できなかったら、僕はどうなるのだろう?
そう考えただけで暗い気持ちになって、起きあがれなかった。
動悸もまだ激しい。
彼女が何故か昼食を用意してくれて、先に出かけてしまった。
一人取り残されて、急いで用意をして、HPで調査後、2時過ぎに
母が通っている心療内科へと自転車をとばした。
初診は予約制だったが、何とかなるかもしれない。
20分後到着。しかし連休明けで満員。
早くて来週の木曜になるという。何ていう病院だ。
こっちはすぐにでも診て欲しいというのに。
勇気を出してここまで来たと言うのに。
待合室には10人くらいが下を向いて腰掛けていた。
外に出ると小雨がぱらついていた。
母に電話して診てもらえなかったことを告げた。
誰かと話していたかった。
自宅方向に自転車を漕いでいる途中に、一件のクリニックを発見した。
また母に電話して相談してみたが、わからないという。
妹に相談して明日にでも、ということになり、自宅へゆっくりと戻った。
もう街行く人の視線等どうでもよかった。
知り合いの車ともすれ違ったが、我関せずを貫いた。
3時頃に自宅に戻ってPCで検索したところ、近所にもう1件発見した。
そこはパニック障害が専門のようだったので、開いているかと思い、
まずは勇気を出して電話予約をすることにした。
明日にでも診てもらえるかと思いきや、これまた来週の木曜だという。
確かに初診はいろいろ話を聞くので時間を取るはず。
しかしそれにしても何て言う世の中だ。みんな病んでいるのか。
おまけに電話口では、こんなことも言われた。
「43歳ですと年齢的に先に循環器内科を受診してからになりますね」
動悸は心臓のせいだと言わんばかりの口調だった。
途方に暮れていたが、さきほど帰り際に見かけたクリニックは
HPもなく、もしかするとあまりいい医者ではないかもしれなかったが、
妹にも相談せずに、藁をもすがるつもりでまた行ってみることにした。
自宅を出たのは3時半、そしてクリニック到着は3時45分。
ビルの4階までエレベーターで上ると小綺麗なインテリアの医院があった。
いつも通るビルだったが初めて中に入った。こんなところがあるなんて。
待合室には誰も座っていなかった。もしや暇なのか?
そして窓口に「初めてなんですけど診てもらえますか?」と尋ねてみた。
すると、受付の女性は事務的にノートを手に取って、
「えーと、早くて8月の2週になりますね」と冷たく僕に告げた。
完全に打ちのめされた。何とかしないと明日はもっと悪くなる。
僕の表情はかなり落込んでいたのだろう。
するとさっきまで冷酷だった女性が「ちょっとお待ちください」と
奥の部屋へ消えて行った。そして医師と話をしてくれ、
「15分でよろしいなら」と特別に診てくれることになった。
次の患者さんまでの空いている時間を僕はフルに利用できた。
簡単なアンケートに記入後、すぐに診察室に呼ばれた。
医師は50代の女性で、僕はありのままを告げた。
医師はメモを取りながら、事務的に質問をしてきた。
「失業という原因がはっきりしていますから、すぐに治るでしょう」
「神経質な方ですね?」「薬を処方します」
そして最後に「鬱の初期段階ですね」「大丈夫です」と告げた。
階下で処方してもらい、自転車でまた帰宅した。
かなり疲労していた。実は急な坂をかなりの距離上らないことには
自宅にたどり着けないのだ。少しの間、公園のベンチで涼んだ。
そうしていると不思議と普通の状態に戻って行った。
外には心地よい風が流れていた。
帰宅後、今朝読めなかった朝刊を読み、薬の内容をネットで調べていると
彼女がこれまた薬を大量に抱えて帰宅した。
昨日や今朝とはうってかわって饒舌だった。
僕はその後、ネット検索をひたすら続けた。就職、専門学校など。
夕食は昼食の残りとトマトとカレーの残り。
テレビもつけずに彼女と一緒にご飯を食べたのは久しぶりのことだ。
BGMは、Keith Jarretだった。
食後、彼女は編み物。マフラーを編んでいたがついに完成したようだった。
僕はひたすら検索し、将来を考えていた。
専門学校にこれから2年通うこと。20歳以上の下の娘と一緒に学ぶこと。
僕に出来るのか?
日記をかなり丁寧に打ち込んだ。何日か分を書き直した。
僕の荒んだ状態が手に取るように判った。
ここ数日は逃げてばかりいたことも。
12時、さすがに目が疲れてきたので就寝。
しかし処方された薬は睡眠誘発剤ではなかったらしく、
ベッドに入っても眠れず、彼女と話を2時間近くしてしまった。
その後6時半にまた目が覚め、7時半には完全に起きていた。
悪いことを考えるスパイラルがまた待ち構えていた。
何だかもう癖のようになりつつあるのが恐かった。
ああ、またか、そう思えるのは寝ることを妨害することになりかねなかった。
とにかく何かが頭の中に突然出てきて、そこからすべてが悪い方向に
思考していくという流れは、激しい動悸と発汗を伴って、
僕をベッドに寝させなくさせていた。
肉体はしっかりと寝ているし、目はつぶったままなのに、
精神は完全に起きていて、起きている時よりも活発に動いていて、
もう居ても立ってもいられない。
仕方が無く起きるが、まだその状態が続いていて、
午前中いっぱい、そんな感じで、胸の中から不安感が溢れてくるのも
それに便乗して、胸をかきむしりたくなりもう耐えられなくなる。
確実に早朝覚醒で、それは鬱の症状だった。
着替えてゴミを出しに行ったまでは良かったが、
外に出ても不安感は全く衰えはしなかった。
今日はますますひどくなっていたような気さえした。
風が強かったが空は晴れていた。
また寝巻きに着替えて、彼女の横にまた潜り込んだ。
明らかに寝不足だし、寝た気がしなかった。
そしてやはり2度寝も眠れなかった。動悸が激しかった。
でも何とか1時間くらいは寝ることが出来た。
しかし10時に再度起きた時には、完全にヤバい感じだった。
もう就職なんてどうでもよかった。
とにかくこの不安な状態を何とかしてもらいたかった。
彼女が起きてきて、眼科と皮膚科に行くと言う。
彼女の症状もかなり末期的だった。
目から白いものが出ていて、掻いたため目の回りも腫れていた。
僕も今日は病院に行くと告げた。
薬でも良いから治したかった。
それは彼女にはまた逃げている、敗北していると思ったのだろう。
あー、行けば。そんな言い方だった。
実は昨晩もこのような話をして、彼女も同じ経験をしたが
自分一人で何とかしたという。
それが今の彼女を形成している強さの要因だ。きっと。
しばらく居間のソファの上で横になって身動きが取れなかった。
昨晩の話し合いによって僕の進路はまた元に戻ってしまった。
彼女に言われて冷静に考えれば、確かに派遣社員は時期尚早だった。
しかし専門学校も現実感がまだなかった。
何だかそれも結論を先延ばしにしているような感じがした。
入学金も授業料も何百万単位で、生活費も同じくらいかかるはずだ。
もし卒業後に就職できなかったら、僕はどうなるのだろう?
そう考えただけで暗い気持ちになって、起きあがれなかった。
動悸もまだ激しい。
彼女が何故か昼食を用意してくれて、先に出かけてしまった。
一人取り残されて、急いで用意をして、HPで調査後、2時過ぎに
母が通っている心療内科へと自転車をとばした。
初診は予約制だったが、何とかなるかもしれない。
20分後到着。しかし連休明けで満員。
早くて来週の木曜になるという。何ていう病院だ。
こっちはすぐにでも診て欲しいというのに。
勇気を出してここまで来たと言うのに。
待合室には10人くらいが下を向いて腰掛けていた。
外に出ると小雨がぱらついていた。
母に電話して診てもらえなかったことを告げた。
誰かと話していたかった。
自宅方向に自転車を漕いでいる途中に、一件のクリニックを発見した。
また母に電話して相談してみたが、わからないという。
妹に相談して明日にでも、ということになり、自宅へゆっくりと戻った。
もう街行く人の視線等どうでもよかった。
知り合いの車ともすれ違ったが、我関せずを貫いた。
3時頃に自宅に戻ってPCで検索したところ、近所にもう1件発見した。
そこはパニック障害が専門のようだったので、開いているかと思い、
まずは勇気を出して電話予約をすることにした。
明日にでも診てもらえるかと思いきや、これまた来週の木曜だという。
確かに初診はいろいろ話を聞くので時間を取るはず。
しかしそれにしても何て言う世の中だ。みんな病んでいるのか。
おまけに電話口では、こんなことも言われた。
「43歳ですと年齢的に先に循環器内科を受診してからになりますね」
動悸は心臓のせいだと言わんばかりの口調だった。
途方に暮れていたが、さきほど帰り際に見かけたクリニックは
HPもなく、もしかするとあまりいい医者ではないかもしれなかったが、
妹にも相談せずに、藁をもすがるつもりでまた行ってみることにした。
自宅を出たのは3時半、そしてクリニック到着は3時45分。
ビルの4階までエレベーターで上ると小綺麗なインテリアの医院があった。
いつも通るビルだったが初めて中に入った。こんなところがあるなんて。
待合室には誰も座っていなかった。もしや暇なのか?
そして窓口に「初めてなんですけど診てもらえますか?」と尋ねてみた。
すると、受付の女性は事務的にノートを手に取って、
「えーと、早くて8月の2週になりますね」と冷たく僕に告げた。
完全に打ちのめされた。何とかしないと明日はもっと悪くなる。
僕の表情はかなり落込んでいたのだろう。
するとさっきまで冷酷だった女性が「ちょっとお待ちください」と
奥の部屋へ消えて行った。そして医師と話をしてくれ、
「15分でよろしいなら」と特別に診てくれることになった。
次の患者さんまでの空いている時間を僕はフルに利用できた。
簡単なアンケートに記入後、すぐに診察室に呼ばれた。
医師は50代の女性で、僕はありのままを告げた。
医師はメモを取りながら、事務的に質問をしてきた。
「失業という原因がはっきりしていますから、すぐに治るでしょう」
「神経質な方ですね?」「薬を処方します」
そして最後に「鬱の初期段階ですね」「大丈夫です」と告げた。
階下で処方してもらい、自転車でまた帰宅した。
かなり疲労していた。実は急な坂をかなりの距離上らないことには
自宅にたどり着けないのだ。少しの間、公園のベンチで涼んだ。
そうしていると不思議と普通の状態に戻って行った。
外には心地よい風が流れていた。
帰宅後、今朝読めなかった朝刊を読み、薬の内容をネットで調べていると
彼女がこれまた薬を大量に抱えて帰宅した。
昨日や今朝とはうってかわって饒舌だった。
僕はその後、ネット検索をひたすら続けた。就職、専門学校など。
夕食は昼食の残りとトマトとカレーの残り。
テレビもつけずに彼女と一緒にご飯を食べたのは久しぶりのことだ。
BGMは、Keith Jarretだった。
食後、彼女は編み物。マフラーを編んでいたがついに完成したようだった。
僕はひたすら検索し、将来を考えていた。
専門学校にこれから2年通うこと。20歳以上の下の娘と一緒に学ぶこと。
僕に出来るのか?
日記をかなり丁寧に打ち込んだ。何日か分を書き直した。
僕の荒んだ状態が手に取るように判った。
ここ数日は逃げてばかりいたことも。
12時、さすがに目が疲れてきたので就寝。
しかし処方された薬は睡眠誘発剤ではなかったらしく、
ベッドに入っても眠れず、彼女と話を2時間近くしてしまった。
mux2
「初心不忘」で日記を書き始めた日から順番にしていこうと思っていましたが、あまりにも見にくく管理しにくく、やはり通常の新しい順に変更しました。
でも「初心」を忘れたわけではありませんよ!
SIVASENさんは、どのような職種がご希望なのでしょうか?
あと離職可能の期限を設けていますでしょうか?
僕はある程度の期限を設けて、生きていくため最低の仕事でもしなければいけないと考え始めていますが、これは「焦り」なのでしょうか?
でも「初心」を忘れたわけではありませんよ!
SIVASENさんは、どのような職種がご希望なのでしょうか?
あと離職可能の期限を設けていますでしょうか?
僕はある程度の期限を設けて、生きていくため最低の仕事でもしなければいけないと考え始めていますが、これは「焦り」なのでしょうか?
SIVASEN
>いろいろと資格や特技がありそうでうらやましい限りです。目的ももってらっしゃって。
いえ、未だにおもいっきり貯金を食いつぶす毎日です(^_^;)
>「足あと」というのはログ解析のようなものなのでしょうか?
FC2管理者ページの訪問者リストから来ました。
今の状況はつらいですが、でもあのとき会社から逃げ出さなかったら、完全に自分はダメになっていた、この世にいなかったかもしれません。
だから、今こうして足踏みしながらでも気づきや出会いの日々を過ごせることは、有り難いことだと思っています。
お互い、初心不忘で行きましょう。
いえ、未だにおもいっきり貯金を食いつぶす毎日です(^_^;)
>「足あと」というのはログ解析のようなものなのでしょうか?
FC2管理者ページの訪問者リストから来ました。
今の状況はつらいですが、でもあのとき会社から逃げ出さなかったら、完全に自分はダメになっていた、この世にいなかったかもしれません。
だから、今こうして足踏みしながらでも気づきや出会いの日々を過ごせることは、有り難いことだと思っています。
お互い、初心不忘で行きましょう。
mux2
SIVASENさん、はじめまして。
ほぼ毎日御ブログを拝見させていただいておりました。
ですから突然コメントをいただき驚きました。
「足あと」というのはログ解析のようなものなのでしょうか?
もしよろしければ教えてください。
同じ境遇ではありますが、SIVASENさんには
いろいろと資格や特技がありそうでうらやましい限りです。目的ももってらっしゃって。
僕は今人生初の挫折で立ち直れないでいます。
毎日どんどん泥沼に入って行っているような気さえします。
ただ焦りは禁物ですね。お互い努力していきましょう。
コメント、ありがとうございました。
本当にうれしかったです。
ほぼ毎日御ブログを拝見させていただいておりました。
ですから突然コメントをいただき驚きました。
「足あと」というのはログ解析のようなものなのでしょうか?
もしよろしければ教えてください。
同じ境遇ではありますが、SIVASENさんには
いろいろと資格や特技がありそうでうらやましい限りです。目的ももってらっしゃって。
僕は今人生初の挫折で立ち直れないでいます。
毎日どんどん泥沼に入って行っているような気さえします。
ただ焦りは禁物ですね。お互い努力していきましょう。
コメント、ありがとうございました。
本当にうれしかったです。
SIVASEN
初めまして、足あとから来ました。
私も37歳にしてノイローゼ状態となり、会社を失踪する形で退職し、無職生活半年になります。
未だに、妻や周囲の何気ない一言、行動に恐ろしく気持ちが不安定になることがあります。
「焦るな、焦るな、お前にはお前の進むべき道が、必ず見えてくる」
自分にそう言い聞かせて日々を過ごしています。
私も37歳にしてノイローゼ状態となり、会社を失踪する形で退職し、無職生活半年になります。
未だに、妻や周囲の何気ない一言、行動に恐ろしく気持ちが不安定になることがあります。
「焦るな、焦るな、お前にはお前の進むべき道が、必ず見えてくる」
自分にそう言い聞かせて日々を過ごしています。
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